転職・再就職をする場合、必ず必要なのが「履歴書」ですが、最近は「職務経歴書」を求める企業が多くなっています。

昔は、殆ど無かったシステムで、再就職を考えている中高年の人で、文章力の無い人には頭の痛い事でもありますね?

でもこの「職務経歴書」も考えようではかなり利用できる自己アピールの方法ですし、無駄な就活を省く事が出来ます。

年齢が50歳を越えると、面接まで辿り着かないで断られるケースが多く、どれだけの能力を持っているのか、どんなプロジェクトを成功させたのかなどは相手には伝える術もありません。

「職務経歴書」にやってきた仕事内容や自分の考え方、持っている資格や経験などを記入して履歴書と一緒に送付する事で面接担当者の目に留まる機会があります。

たまたま企業が求めている人材の理想に近い場合は年齢制限の4〜5歳上でも面接のチャンスが生まれます。面接の予約さえ取れれば自分のやる気をアピールできるので入社の可能性も生まれます。

「職務経歴書」の場合は、パソコンでの入力・プリントアウトでもOKで、パソコンを使えることをアピール出来ます。この年代の人たちの半数以上がパソコンが苦手の人が多いのもポイントですね?

求人を出している企業の中には履歴書の送付をメールで受け付けている所もあり、履歴書自体をワードなどで作っておくとそのまま添付することも出来ますね?

いずれにしても、最近の動向を利用する事で効率よく就活に結び付けたいですね?
私が17年勤めた会社を辞めるきっかけは、転勤での不必要な出費でしたが、もう一つ原因がありました。それは、最近の自殺者の原因の一位を占める「うつ病」になりそうな気持ちに追い込まれたためでした。

私が在籍していたこの会社は、ワンマンな社長とその息子・娘が役員という典型的な「同族会社」で、アホな息子と、大企業ばりのレベルを高望みする娘とが無駄なお金を湯水の如く使い、やる気のない社員は不祥事ばかり起こして辞めて行くとんでもない会社でした。

私が入社して、店長経験者の退職者が、16名、内40代で亡くなった人が4人、不祥事で辞めた人が6人、セクハラでクビが2人、定年退職者はゼロという、この数字を見るだけでも「とんでもない会社」だと感じて頂けるかと思います。

そんな会社が業績が上がる訳がありません。
当然、この不況の中、大手の同業者の出店に、今までやっていたスタイルを捨て、相手が安売りをしていたら、同じように値段を下げ、遂には価格競争に負けてしまいました。

本来今まで守ってきたスタイルが一番顧客に支持されていたし、30年も続いた社歴だと思っていましたが、先代の社長が死んでからは、やっていることがちぐはぐな事ばかりで、遂にはお客にもソッポを向かれてしまい、負債が20億円ほどなった頃に仕入先の問屋に株を売ってしまいました。

そして、その株主から出向してきた再建屋がまた最悪で、業種も違うし、経験もない業態の会社だったのに自分たちのやり方を押し付けるだけ押し付け、高圧的に社員を叱り付け、辞めさせる事で人件費を浮かせ、サービスが低下する事でお客が離れるという「負のスパイラル」に陥ってしまいました。

会社に愛着も未練もない人間が、本当に再建しようと考えているとは思えませんでした。
私が飛ばされた店にもやって来ては店長に無理難題を押し付け、それを自分の中で消化しないまま社員に押し付ける店長。社員はたまったものではありません。

毎日毎日出来もしない業務をガミガミ言われ、出来なかった事にいちいち始末書を書かせられ、何をしに会社に出て行っているのか分からなくなり、いつの間にか心が病んで行っているのを気づいて「このままこの会社にいたら、いつかうつ病になってしまう」と感じ、どの道この会社自体、この調子で再建できるはずもないだろうと思い、やっぱり辞めようと決心しました。

私が辞表を出した8ヵ月後にこの会社は「民事再生法」の申請を出し、現在スポンサーを探している最中です。裁判所次第では倒産の可能性も含んでいます。

ちなみに、株主から派遣された再建屋はどうなったかというと、体調不良の為「辞職します」と、さっさとトンズラしたそうです。
サイトをリニューアルして、私の経験などを交えながら中高年の転職・再就職に焦点を当てて考えて行きたいと思います。

2007年8月に17年勤めた会社を理不尽人事異動が原因で退職し、現在就職活動をしている51歳のおやじです。

つなぎにブログでアフィリエイトをしていますが、たいして儲かっていません!
ですが、少しの小遣い稼ぎにはなっているので、やらないよりはやったほうが良いと思います。


まず、17年勤めた会社を辞めるきっかけですが・・・

前職の会社は量販型のチェーン店で、17年の間には店長の経験もあり、それなりの実績も残しましたが、いつの間にか、この会社の従業員に対する扱いに疑問を感じ、情熱が薄れてきました。

それは、どこの会社にもある「転勤」に名を借りた「リストラ」です。

私の友人の店長は、自宅から200km以上も離れた店舗に左遷され、その店舗に着くまでに4店舗も系列店舗の前を通過して車で通っていました。毎日朝6時くらいに家を出て、夜中の12時ぐらいに家に着き、また翌日は朝早く出社する。家に帰るのは寝るだけの生活です。

この友人は、店長でありながら、会社からはあまり好かれていなくて、不況で閉店する店舗の残務処理ばかりをさせられていて、自分でも「閉店請負人」と言うほど嫌な仕事ばかりさせられていました。

そんな友人を「可哀想」と思っていたら、2007年の6月に私に辞令が降りました。
それまでの店舗は、このチェーン店で一番大きくてお客も多く、忙しい店舗で、オープンの時から勤務していた古参の社員です。私の都合で、店長職も下りて、一般社員として勤めていました。

私を指名して来店するお客さんも多く、自他共に認める「この店に必要な人間」とうぬぼれていました。でもそれは、会社には関係なく、将棋の駒の一部だったんですね。

転勤予定の店舗に欠員が出て、私の持っている資格がないとこの店舗での「特定の商品」の販売が出来ず、いわば会社にとっては必要な人事異動でした。

だけど、その店舗の位置は、私の自宅からは遠く、高速道路を通って、約1時間ほどかかる場所にあり、その往復の高速料金も自腹という何とも納得が行かない異動です。

その人事異動を聞いた時に「考え直してくれ」と会社に掛け合ったけれども、「会社の為に必要な人間なんだ」と説得され、仕事自体は好きで、人間関係も問題の無かった会社だけに渋々承諾して通い始めました。定年が近い中高年が今まで我慢して勤めていた会社を辞める事は無いだろうとタカをくくっての人事異動でした。

私の車に付いているETCは、音声で料金を教えてくれるタイプの物で、初日に高速を降りる時に「料金は1000円です」と聞いた時、「やっぱりここに来たのは間違いだった・・・」と感じました。

毎日2000円の高速代を自腹、1ヶ月で5万円とガソリン代の支給が実費の半分にしかならないので、合計8万円も手出しをしてこの会社に奉仕する義理は無いと思い、辞める決断をしました。

それから、この一年近くの経過と職探しの苦悩はまた後日書きます。